HISTORY


1994年 初代会長、大図一郎氏を中心に新入生6人で創立。

 

1995年 第19回鳥人間コンテスト選手権大会に女性パイロット部門で初出場。木製桁の無尾翼機を作成。飛行距離は24.81mながら、女性パイロット部門で3位入賞。

 

1996年 桁強度の改善のため、FRP桁を導入し第20回鳥人間コンテストに出場。桁強度は十分であったが、重量がかさみ飛行距離は伸びず、記録19mにとどまる。

 

1997年 安定飛行を目指し、有尾翼機にて大会出場をねらうものの落選。。。10年にわたる無尾翼の歴史を決定づける。

 

1998年 再び無尾翼機にて第22回大会出場。しかし記録は伸びるどころか縮まり、17.35m。 設計者兼パイロットは責任をとって頭をまるめる。

 

1999年 第23回大会に出場するも記録は8m 応援のパフォーマンスはこのころからの伝統?

 

2000年 8 to ∞ を合言葉に出場を目指すも落選。カーボン技術の導入、テストフライトの試み。

 

2001年 第25回大会に出場。記録は10.05m。また様々な改革を実行し活動報告書をまとめる。 自作カーボンFRPパイプによる桁製作。静岡県中田島砂丘におけるテストフライト実施。

 

2002年 鳥人間コンテストグアム大会の噂が流れるも・・・ 当団体は第26回鳥人間コンテストに出場。記録は18.47m。

 

2003年 第27回大会に出場。風を待つこと2時間。夕日に向かって飛び出すも・・・ 向い風に勝てず、記録は計測不能。しかし30回記念の公式DVD表紙に抜擢される。 また、この年に機関紙トリビジョンを創刊。

 

2004年 創立10周年を記念し、OB会を設立。

 

2005年 第29回大会に出場。10年にわたる無尾翼機製作にピリオド。記録は14.35m。 次の10年への願いを込めて、鏡開き!(注:中身はウーロン茶です)

 

2006年 第30回大会にフォーミュラクラスで出場。今までのタブーを破り有尾翼機を製作し、 団体記録をちょっとだけ更新。25.18m。また応援のパフォーマンスが評価され、 サポーター賞を受賞。

 

2007年 引き続きフォーミュラクラス出場を目指すも落選。この年から新たな試み、「立命の家」で地域の小学生と交流する。

 

2008年 再度フォーミュラクラス出場を目指すも、今年も落選。落選にもめげず、 この年より1回生を中心としてプロペラ機製作プロジェクトが始動。

 

2009年 まさかの鳥人間コンテスト開催されず。プロペラ機製作に向けて雌伏の時。 創立15周年を記念して、京都ホテルグランヴィアにて記念パーティーを開催。

 

2010年 人力プロペラ機ディスタンス部門に挑戦。大会出場経験のないメンバー中心であったものの、第33回大会に見事出場。記録は24.54m。

 

2012年 人力プロペラ機タイムトライアル部門の出場を試みたが、惜しくも落選。

 

2013年 再び人力プロペラ機ディスタンス部門に挑戦し鳥人間コンテストに出場。機体名はR02-D「緋矢ScareletArrow」であった。当時のチーム記録を更新する188mの飛行を成し遂げた。

 

2014年 初の全桁自作。鳥人間コンテストでは番組機体の製作を行った。この年の鳥人間コンテストディスタンス部門は悪天候により競技不成立であった。創立20周年を記念し記念パーティを 開催した。

 

2015年 全翼にペイントを初めて行ったR-04D「HERMES」にて鳥人間コンテストに出場。 チーム記録を更新し250.93mの飛行を成し遂げた。チームは2度目のサポーター賞を受賞。

 

2016年 R‐05D「茜鯰」を製作を行い、鳥人間コンテスト2016に出場し、チーム記録更新を目指したが惜しくも14.45mに終わった。

 

2017年 鳥人間コンテストで1kmの飛行を目標にR-06D「Argos」を製作。しかし大会には落選。製作した機体を後輩に引き継ぎ、秋に2回生主体で練習TFを行った。 

 

2018年 鳥人間コンテスト2018にR-07D「Cigogne」が出場するも台風12号の影響で競技不成立となり、飛ぶことはできなかった。

 

2019年 昨年の悔しさをバネにR-08D 「Eureka」を製作し、鳥人間コンテスト2019でチーム新記録を254.53mに更新。

 

2020年 新型コロナウイルス(COVID-19)の影響により鳥人間コンテスト2020は中止に。R-09D「Vega」は飛ぶことはできなかった。

 

2021年 前年度からの設計思想を受け継ぎ高速機で鳥人間コンテスト2021に応募。奇しくも落選R-10D「Catharsis」は琵琶湖の空を飛ぶことはできなかった。

 

2022年 コロナ禍の引き継ぎが上手くいっていない中、Catharsisの設計思想を引き継いだR-11D「逢飛」を製作。しかし、大会に落選してしまった。

 

2023年 機体の形を前ペラから中ペラに1年で変更し、鳥人間コンテストに出場。大幅な設計変更を施したR-12D「SASH」はチーム新記録1683.24mに更新し、初の飛行距離1km超えを達成した。